合格した人だけ知っているだれでも国立大学医学部に合格できる裏技勉強法を全部紹介するブログ

偏差値40台をとったこともある国公立医学部医学科に合格した現役医師がお送りする大学受験勉強法ブログです。               最強の勉強法とは「二元論を使うべし」と「データベースを作るべし」

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http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/personality/index.html

新しく面白い白熱教室が始まりましたので、データベース化します。

受験生にとって、もっとも重要な悲観VS楽観の二元論を対象化したいと思います。

心と脳の白熱教室

「悲観脳は医療にとってはプラスに働く問題」

これもバイアスだろ(怒)とマツコの怒り新党です。

医療は統計学で成り立っています。プラセボ効果について言及がありましたが、それは置いておいて。

画像診断するときや鑑別診断をする時、

most likely VS. likely VS. less likely

を考えるのは当たり前であって、「常に最悪の事を想定する」というのは悲観的な表現でバイアスがかかってます。

そうではなくて

「常に、3パターン予想している」だけです。

統計学で計算して、どれが「可能性が高くて」、「可能性がまあまあ」で「可能性が低いけどあったらヤバイ」のか考える必要がある。

予想から漏れたところに診断の答えが見つかったら、それは大発見であり、症例報告レベルの「うれしい」誤算です。

学会で発表できるから。

その積み重ねが医学の進歩であって、「可能性が低いけどあったらヤバイ」イコール「常に最悪の事を想定する」ではない。

『医者は「常に最悪の事を想定する」悲観主義をもっている』というのは、ちょっとズレてる表現ですので、教授の講義を訂正してお詫び致します。

「可能性が低いけどあったらヤバイ」状態に患者がおちいったら、それは「病気がすべて悪いんです」という解釈となります。

「病気がすべて悪いんです」は楽観でも悲観でもない、中立的な解釈だと思います。

【外科医はサイコパス問題】

外科医の友達は一般的に体育会系であり、個人スポーツ系が多い。(団体競技系はなぜかメジャー系外科ではなく、整形外外科に多い。)

個人スポーツ系は自分一人ですべての手術を完結できる心臓外科、脳外科に多い気がする。

サイコパスは0か1ではなく、0~100のような連続的な定性を持つ。

「行動と感情を切り離して、自分の目的のために冷静になれる。」のは外科や救急医の特徴で、一流の外科医や救急医はサイコパスです。

自分はつくづく、サイコパステストでは、サイコパス的要素がないなぁと思いましたが、ときどき、サイコパス要素を自分の中に憑依させて、行動しなくちゃいけないときがあるので、そういうときは、サイコパスちっくになっています。

人間誰しもサイコパス。

であるので、サイコパスの要素を自分の中に入れて、うまいことを目標を達成させるのが二元論的なあり方だと思いました。

「看護師はサイコパスから遠い問題」

母性看護学というものがあるくらいですから、看護師はサイコパスから遠い存在です。

医者は誰しもサイコパス的要素を持ってますので、患者が嘔気や発赤があろうが、慌てません。吐きそうなんですねー、苦しいんですねーといって、ゆっくりガーグルベースをあてがったり、ラインを取ります。

繰り返しますが、慌てませんし焦りません。

行動と感情があまりリンクせずに冷静に対処するのが医者の役目だと思います。サイコパス的です。

人間、最後はエアウェイとブリージングとサーキュレーションのABCさえあれば、30分は持つと思ってれば、たいていのことは乗り越えられます。

一方、看護師は
X:「うわわわ。吐きそうですよぉ。せんせーーー(あたふた)急いでくださいぃーー」と慌てる方が多い傾向にあります。(急いでというわりに、何も行動してないので、いらっとして、批判を込めて例示しましたが)

日常診療では感情と行動を十分にリンクすべきだと思いますが、急変時は、看護師もサイコパス的になってほしいと思う時が多々あります。

サイコパス的要素のある看護師さんは優秀だと思います。やばい患者が来るとキタァーっとなって、自分で判断して行動し始める看護師。
○:「吐きそうなんで、ラインつないどきますねー」と行動に移している看護師さんはサイコパス的要素のあるいい看護師さんです。

【悲観と楽観は交互に行ったり来たりするのが二元論的でノーマル。でも、認知バイアスは楽観のほうがいい】

楽観しかできないひとは、ノー天気で聖職者的で危機意識がなさすぎるリスクがあります。

かといって、悲観的なやつのそばにはいたくない。

要するに、両方行ったり来たりして、バランスよくいくのが二元論的な正解だということ。

人間の脳は可塑性を持ってます。逆説的ですが、脳は1回生まれたらあとはほとんど死んでいくだけという性質を持ってます。ただ、細胞同士のつながりがアクティブに変化できる。
また、必要な領域の細胞数は増やすことも選択してるらしい。

楽観的かどうかは遺伝と環境因子によって、ある一定のところに落ち着いていますが、自分のあるべき楽観性を設定したらそこにむけて、変化させることは可能であることがわかってきた、というのが今回のテーマ。

この本でも何度も書いていますが、「過去をどう解釈するかは自分の自由である」

たとえば、「テストで悪い点数をとった」という事実に対して、

楽観的解釈するならば、【弱点が多くわかってよかった。これで本番の受験までにわからないことが対象化できた。もっと成長できるぞ】

悲観的解釈するならば、【弱点ばかりだ。もういやだ。自分の才能のなさに嫌気がさす。もう受験したくない。勉強する人生はつまらない。農家でもやるか。】

自分の内なる言葉に耳を傾けて、それをひとつひとつ丁寧に対象化すると、認知にバイアスがかかってることに気づいて、正しい方向に解釈し直し、ひとりごとを徐々に楽観的な言葉に変えていくことができる。

ぼくが前の記事に書いた、「口癖の魔法」の佐藤富雄氏が書いてあることがそのまま授業でされていました。

え!それだけなのというレベルのお話でした。なにも新しいことが出てきませんでした。残念。

サイコパスの話は面白かったです。

自分にサイコパス的要素があったり、外科医の友達にサイコパス的要素があることに、罪悪感に似たものがあったのですが、気が楽になりました。

 【受験生に必要な楽観脳について】

もう心理学の部分で書いてますのでそこを参照してください。

ポジティブになれるように医者という職業のいいところを拙著でどんどん出していきます。

(そのうちちゃんと書き足します。続く。)
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